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神代文字

神代文字(じんだいもじ、かみよもじ)とは、漢字が伝来する以前に古代日本で使用されていたとされる日本固有の文字の総称である。江戸時代にはその実在を信じていた学者も少なからず存在したが、近代以降の日本語学界をはじめとするアカデミックの世界では、現存する神代文字は古代文字などではなく、すべて近世以降に捏造されたものであり、漢字渡来以前の日本に固有の文字は存在しなかったとする説が広く支持されている。その一方で、古史古伝や古神道の信奉者の間では、神代文字存在説は現在も支持されているが、神代を語れぬ伊勢派が作り出した偽作であるとして排する者もいる。

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神代文字の存在の可能性についてはじめて言及したのは鎌倉時代の神道家である卜部兼方である。兼方は『釈日本紀』(1301年以前成立)の中で、父・兼文の説として「於和字者、其起可在神代歟。所謂此紀一書之説、陰陽二神生蛭児。天神以太占卜之。乃卜定時日而降之。無文字者、豈可成卜哉者。」と述べ、神代に亀卜が存在したとの日本書紀の記述から、文字がなければ占いが出来るはずがないとして、何らかの文字が神代に存在した可能性を示した。兼方自身はその候補として仮名を考えていたようであるが、爾来卜部神道の間では仮名とは異なる神代文字の存在を説くようになった。たとえば、清原宣賢(吉田兼倶の子)は『日本書紀抄』(1527年)において「神代ノ文字ハ、秘事ニシテ、流布セス、一万五千三百七十九字アリ、其字形、声明(シャウミャウ)ノハカセニ似タリ」と、神代文字の字母数や字形等の特徴についてかなり具体的に述べている。にも拘らず、室町時代までは神代文字の実物が示されることはなかった。江戸時代に入り、尚古思想が高まるにつれて、神代文字存在説もますます盛んになり、遂に神代文字の実物が登場するに至るのである。

江戸時代以降、神代文字として紹介された文字は実に数十種類にも及ぶ。それぞれ出典となる書籍や発見場所などの名前が付けられている。神代文字存在説側の研究としては、平田篤胤が神代文字否定論から肯定論になって最初の論である『古史徴(こしちょう)』第1巻『開題記』所収「神世文字の論」その後の『神字日文傳(かんなひふみのつたえ)』とその付録『疑字篇』が著名である。また、鶴峯戊申(つるみねしげのぶ)は『嘉永刪定神代文字考』において天名地鎮(あないち)文字を世界のすべての文字の根源であると説いた。これらの存在説を集大成したものが落合直澄の『日本古代文字考』である

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2009年04月29日 14:55に投稿されたエントリーのページです。

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